2000/05/17UP
番外篇
ワークショップ
昔話その1
最初の予定通りに行けば、ワークショップ予科は今年の8月いっぱいで終了することになる。始める時に私は「2年しか教えない」と宣言した。早いもので正式に始めてから、もう1年9ヶ月になる。
まず、このワークショップがどうして始まったのか・・・。
初めは教える気などサラサラなかったのだ。(笑)
ワークショップとは「プロがプロでありつづけるための勉強の場」というような意味がある
。だから自分の研究の為にワークショップをやりたいと思っていた。そのために、同士を集めようと情報誌等に仲間募集の記事を出したりしていた。(情報掲載が遅く、すでにワークショップが始まってから、興味があると言う手紙が3通来たが2通は全くの素人。1通はすでにワークショップに来た事がある人だった。私の名前に気付かなかったボケぶりにはびっくり)
そのことを映画プロジェクトの主催者に言ったところ、「そういうのをやるんだったら、月に一度でいいから、若い子達に観点だけでも教えてくれないか」と言われた。じゃあ、とりあえず一回だけやってみるかというとになった。
1998年8月2日、定員20名の部屋に口コミだけで50人ちょっとの人が集まった。料金は部屋代の人数割り。課題は現在の予科テキストのAの一番最初の簡単な課題一つのみ。ビデオを回して行った。しかし、そこで私はすごいショックを受ける。参加者のほとんどが、養成所出身もしくは劇団所属であるにもかかわらず、その課題が出来たのは、たったの4人。ヾ(--;)ぉぃぉぃ、こんな状態で映画プロジェクトはうまく行くのか?危機感を覚えた。そして、アンケートを取ってみると、『ちゃんと教えて欲しい』という意見がたくさんあった。
8月中に、その後2回ほど、テキスト作りを踏まえた試験的ワークショップをやり、9月から正式開講となった。料金は1コマ500円に統一。部屋代を人数割りにすることも考えたが、そうすると人数が少ない時に来た人が悲惨なことになるということで、定額にした。さらにアンケートを取り、出席可能な曜日や時間帯などを調査した。「金曜日しか来れません」という人が一人でも居れば、月に一度は金曜日にも時間を作ったりした。最初の3ヶ月間は月70時間以上教えた。20人以上来るコマもあれば、マンツーマンのコマもあった。赤字がどんどんかさんでいく。(笑)そこで私はアンケートが当てにならないことを学習した。(爆)「金曜日しか来れません」というような人が金曜なのに来ない・・・というのを嫌というほど味わった。「ぜひ、参加したい」って言ってなかったっけか?
こういうことは今でもある。電話で「明日参加したいのでよろしくお願いします」と言って、来ない人がいかに多いことか・・・。私には信じられないことだか、もう慣れた。いや、慣れないとやっていけない。そこで、本気でやる気のある人は自分で時間を調整してくるだろうと言うことで、火曜日の昼と、日曜日終日オンリーと言うことにした。そして、1999年1月から月に一回ゲストタイムとコミュニケ―ションタイムを設けた。ゲストタイムの日にはビデオを使った授業も取り入れるようにした。
つづく・・・