2000/06/27UP

メソッドについて

日本語読みの読み方の違いで、メソードとも言う。method:方法・やり方という意味の言葉だが、アメリカのリー・ストラスバーグという人が演劇先進国旧ソ連のスタニスラフスキーシステムを参考にして作り上げた演技法のことを言う。リー・ストラスバーグはニューヨークアクターズスタジオを設立して、それまでの形重視の演技から心を重視した演技法を教え、素晴らしい功績を残した。

一年程前、このリー・ストラスバーグの生涯をNHKが特集した。メソッドのすごさを世界に知らしめたと言われる出来事が出て来た。映画の名前は忘れたが、俳優がメソッドを使って脚本に無い台詞を思わず言ってしまったが、それが素晴らしく良いシーンになったというものだった。あれを見た人は素直にすごいと思ったかもしれないが、私はそうは思わなかった。ただ単に元の脚本が稚拙で俳優が脚本の直しをしたに過ぎないのではないか、たまたま、他のシーンに影響を与えずマッチしただけだと思ったのだ。

なぜ、こういうひねくれた事を言っているのか・・・。それは、脚本を無視することを助長しているように思えてならないからである。現に私が今までに会ってきた「メソッドで私は演技をします」とアピールする俳優は脚本をきっちり読み込もうともせず脚本批判をし、「もっと自由にやらせろ」と言う人ばかりだった。役になりきるのはかまわないが、「やらなければいけないことくらいきちんとやれよ」と言いたくなる。

また、メソッドを勉強している俳優志望者で面白いことを言う人がいた。彼は「お腹が痛くなる練習をして、痛くなったら3日治らなかった」というのである。あきれた。次に撮るシーンが元気なシーンだったらどうするんだろう。(爆)このことを別のメソッド信望者に言うと「それはまだ未熟だからだよ。その段階を越すとすごくなるんだ。早くて7年掛かる。俺もまだそこまで行ってない」という答えが返ってきた。更にあきれた。

過去に何人かワークショップに顔を出したメソッド信望者がいるが、誰一人として演技をやって見せてくれた人はいなかった。一度、受講者の一人がメソッド信望者に「何でやらないんですか」と聞いたことがあった。その時の答えは「俺がやると素晴らしいものをやりすぎて、真似しちゃうから」と答えたと言う。いやいや、そんなに素晴らしいものが出来るなら見せて欲しいものだ。

アメリカの大学でメソッドを学んだ人に話を聞く機会があった。実はアメリカのメソッドは俺が批判するべきところは無いようだ。アメリカではメソッドがあたりまえになっている。日本で教えてるメソッドはメソッドの全部ではなくて、一部だということが分かった。元々、形の演技をしていた俳優たちが後からメソッドを取り入れて素晴らしい演技をしたことを忘れてはいけないのである。日本のメソッド教育は心の中のことばかりで形を無視しすぎなのだ。だから、指定したことが出来ない。形も計算も大切で、それをより良いものにする為にメソッドはとても重要なものなのだ。

私のやり方はまず形から教える。そうしないと表現のレベルまで行かないからだ。どんなに心で思っても、それが表に現れなければ意味が無い。ある程度表現になってきたら、心の中の問題に入っていく。

映像は画面でどう見えるかが一番大切なので無理な指定も多くなりがちなのである。その日のスケジュールに組まれたシーンはその日のうちに撮らなければならない。「来週また撮るから、来週までに出来るようにしてきてね」なんて事は無いのである。指定されたことをきっちりやり、しかも、ちゃんとした心のある演技が要求される。形に心を入れる作業がすぐその場で出来なければいけない。役になりきって好き勝手なことを言い、好き勝手に動かれたんじゃお話にならない。ただし、ここで誤解の無いように言っておくと、最初からすべてを指定するわけではない。はじめは自由にやらせる。いいところは採用したり、もっと良くなるようにしたりする。そして悪いところは直す。要は設定を無視したり、書かれてない台詞を言ったり、書いてある台詞を言わなかったりしなければ自由にやっていいのである。自由をはきちがえないで欲しいと言うことだ。

この記述には異議のある人が多くいるであろう。
是非、意見のある人はPC版のWEB FORUMに投稿して欲しいと思う。

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