2000/05/08UP
表現、そして、演出。
「表現」という言葉は「表」に「現れる」と書く。
つまり表に出てなくてはいけないということだ。
誰でも分かる。ところがこれがやるとなると奥が深く難しかったりする。
何をやっても表現と言えば表現と言えてしまったりするのだが、とても大切なことがある。それは人がそれを観た時に、「何を思い、何を感じるのか」ということだ。それを忘れてはいけない。
一枚の写真、一枚の絵画、造形作品などは一方通行の表現をしている。何かを伝え、感じさせるだけということである。これも表現の一つ。
ところが映画・演劇・小説等の物語性のあるものはそれだけではいけない。客が観て思ったり感じたりしたことを次の表現でどう処理していくのかということも考える必要がある。やりっぱなしではいけない。
基本的に人は自分の思ったことをかなえてもらうと喜ぶ。
「客の予想を叶える」もしくは「客の予想をいい意味で裏切る」
これがとても大切なこと。これの繰り返しが共感を呼ぶ。
悪い意味で裏切ってしまうと客がついてこなくなってしまう。
それを見極めてどう表現を弄くって作り上げるのか、それが演出の仕事である。
ここで、問題となってくるのが、ターゲットである。
表現の矛先を誰に求めるのかということだ。
一部の偏った人たちだけに分かってもらいたいのか、それとも、多くの人に共感してもらいたいのか。「分かる人にだけ分かればいい」という作り方をする人がいる。それはそれでよいが、ただ単なるマスターベーションでしかない。
もし、多くの人をターゲットにするのならば、「普通」の人の心理が分からなければいけない。
ところで「普通」ってなんだ?
人はそれぞれ違うから、これが普通と基準を設けることは実は難しい。
80%以上の人が「これが普通だろう」と思うことを「普通」だと
私は勝手に決めている。(笑)
「普通」の人がどう画面と対話するのか、これが表現を決めていく決め手となる。次回はこの「対話」について書く。