2000/05/29UP

「芝居(ドラマ)が書けてる、書けてない」って?

「この本は芝居が書けてないね」と言われた時、「芝居が書いてあるのに書けてないって、どういうこと?」と思ったことがある。意味が分からなかった。もしかしたら、その時説明されたかもしれないけど、今は覚えていない。

私が芝居が書けてるかどうかが分かるようになったのは、後輩の書いた演劇の台本を読んだことがきっかけだった。それまではなんとなく分かったつもりでいた。(笑)だから、ここでどんなに説明しても、今は意味がないかもしれない。でも、分かった時に、ああそういうことだったのかと思ってもらえたらいいなと思って書く。

人それぞれ説明の仕方が異なると思うが、本質は同じである。私がよく言うのは、「行間に表現のある脚本が芝居が書けている」という言い方をする。「キャラクター間に生じる心の葛藤がある脚本が芝居が書けている」という人もいる。確かにそうだ。心の葛藤があればリアクションがある。つまり行間に表現があるわけだ。これはただ単に視点が違うだけで言っていることは同じである。演出と演技者は前者、脚本家は後者の言い方になるということだ。

先ほど触れた後輩の台本は完全に芝居の書けてない台本だった。私は脚本や台本を読む時に行間を読んでいくので、上映・上演時間とほぼ同時間読むのに時間がかかる人である。だが、その台本を読んだ時はペラペラ捲くってあっと言う間に読み終えてしまった。ほとんど流し読み状態だった。すごくつまらなかったのだ。登場人物がたくさんいるのだけれど、どの台詞もキャラクターの言葉ではなかったのだ。作者の言いたいことをいろんな役にただ割り振って言わせていただけの台本だった。「そうか、芝居が書けていないとはこういう台本のことを言うんだ」と思った。そして、なぜそれまで分からなかったのかも分かった。素人が書いた本でも普通はどこかがなんとなく芝居の書けたものになってて、気が付かなかっただけなのだと・・・。そして、きちんと芝居の書けているシーンが多ければ多いほどいい作品なのだということがよく分かった。

映人社から出版されている石森史郎先生の「シナリオへの道」は是非読んでもらいたい。非常に勉強になる。もしかしたら初心者には向かないかもしれないが、読みやすい本なのでお薦めである。時間を置いて読み直すと尚良い本である。
また、この本は脚本家志望者のみならず俳優・監督志望者にも是非読んでもらいたい。

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